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「デザイン経営」宣言 No1デザインとは編

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2018年5月23日、経済産業省・特許庁が有識者と進めてきた検討結果の1つとして『「デザイン経営」宣言』がなされました。その内容は下記をご覧ください。
http://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002.html

私にとってこの宣言はとても興味深い。デザイン方面や知的財産方面から意見が出ていて、SNS上で話題になったこともありました。それぞれの立場のご意見はデザインを取り巻く現状を考えるのに参考になるので、興味有る方は検索してみてください。で、私は、デザイナーでも、知財管理側でもありません。マーケターとして事業を起こし育てることに関わる立場からデザインに関わっている者として、つらつらと、すなおにすなおに、思ったことを書いて行きます。

まず、私自身のデザインについての考え方から。
デザインというのは人によって捉え方が大きく異なる言葉です。だから可能性があるとも言えるし、いい加減にも見えるところもある。デザインって言っとけば何かかっこいいみたいなところも正直ある。最近は何でもデザインブームでもあって、◯◯デザイナーという肩書を名乗る人は明らかに増えているのではないでしょうか。私をそれをまったく否定しませんが。つまり、世の中的にはとてもふわふわした言葉なんですね。デザイン。

そのデザインについて、たとえばここ鹿児島でデザイナーの企業・事業者の方と話すと、「デザイン=絵を書くこと」「デザイン=おしゃれにすること」みたいにおっしゃる方もいらっしゃる。そもそも生まれてこの方デザイナーに会ったこともない人もいる。そんなわけで貴重なデザイナーを「◯◯先生」と呼ぶ人もいる。こんなエピソードが数多あるのが地方の現状、地方をもっと具体的に言うと、働く人の中でばっくり1000分の1=0.1%しかデザイナーがいない土地の現状です(ちなみに最もデザイナー率が高い東京だとばっくり100分の1=1%)。もちろん、それとは違って、まさに経営にデザイン的なアプローチとデザインそのものを取り入れて成果を出していらっしゃる経営者もいらっしゃるのですが。

で、私は、「鹿児島の食とデザイン」という公的なプロジェクトの企画運営者として、また、セミナーなんかでお話しする講師として、そして弊社STUDIO Kにご発注いただくことを通じて、デザインって表面を着飾るだけじゃなくって、事業にも組織にも経営にも恩恵をもたらすんですよ、と伝えたり体感(=つまりは様々な長期短期の実利を上げる)していただくことに日々取り組んでいるわけです。

例えば、今日も危機感を持つ現場の方と「どうやって上の人の理解を得るか」作戦会議をやってきたり。伝道者みたいに言われることもあるし、自分としては、鹿児島の産業界にもっとも直接的に恩恵をもたらすことができるのがコミュニケーション・デザインという信念があるもので、そこはぶらさずにやっていきたい。それが私の立ち位置ですね。

そんな私が、講演講師みたいなオフィシャルな場でデザインのことをなんと説明しているか?
「有るのに、見えていないものを見せるのがデザインの役割」
と言ってます。「無いものを有るかのように見せるのは嘘」という一言とともに。

有るのに見えていないものってなんでしょうね。
会社の理念とか、ものづくりのこだわりとか、食生活の理想とか、暮らし方とか、体験しないとわからない商品サービスメリットとか、そういうもの。つまり「価値」です。それも二元論的にいうと、機能的というよりは、情緒的な価値。

この「有るのに、見えていないものを見せる」という言葉と、宣言内の1.「デザイン経営」の役割という章に記載されている


デザインは、企業が大切にしている価値、それを実現しようとする意思を表現する営みである。


という一文がピッタリと重なりました。いや、「~表現する営み」という言葉遣いはすばらしい。確かにデザインは営みですもの。

こんなに的確にデザインの価値を表現している言葉を見たことがありません。仕事柄、日本のみならず世界における動き、世界各国の各ジャンルのトップデザイナーたちの言葉も知ってるつもりですが、これは「まさしく最適」なデザインを説明する言葉ではないでしょうか。

次を読んでみましょう。


それは個々の製品の外見を好感度の高いものにするだけではない。


そうなんです。見えるものとしてステキだったりおしゃれだったりすること「も」デザインの役割に含まれますが、それだけではありません。逆に言えば、そこだけをデザイナーに期待しているんだったら、デザイナーへの依頼の仕方としてもったいないとも言えます。   


顧客が企業と接点を持つあらゆる体験に、その価値や意思を徹底させ、それが一貫したメッセージとして伝わることで、他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値が生まれる。さらにデザインは、イノベーションを実現する力になる。なぜか。デザインは、人々が気づかないニーズを掘り起こし、事業にしていく営みでもあるからだ。供給側の思い込みを排除し、対象に影響を与えないように観察する。そして気づいた潜在的なニーズを、企業の価値と意思に照らし合わせる。誰のために何をしたいのかという原点に立ち返ることで、既存の事業に縛られずに、事業化を構想できる。


そうなんよ!
と声を大にして叫びたい私。本当にこの通り、なんです。特にマーケティングに持ち場がある私としては、何の異論もない宣言文。当たり前すぎるくらい当たり前。

今回の宣言は15年ぶりのデザイン政策提言なんだとか。今の時代に15年ぶり?と突っ込みたくもなりますが、それでも今、重要だと真正面から「産業におけるデザインの扱い」に1つの方針・見解が出されたことは、すばらしく大きな意味があることではないでしょうか。

海外での事例として、1970~80年代からイギリスやイタリアではデザインによる産業活性化政策をとっていたことがあるようです。北欧デザインが人気ですがデザインで不動の地位を占めるイタリアも、実は第二次世界大戦後の動きがあって今のようなポジションにあると聞いたこともあります。

記憶を頼りにざっとサマライズすると、確か、伝統的な中小企業が多いという産業構造があり、他国のように大量生産を背景とした価格政策による市場獲得ができないため、デザインを差別化の一策にしたとか(余談ですがイタリア料理・食材の輸出も含めイタリアは自分たちの文化を他国に普及・定着させるのがすばらしく上手ですね)。もちろん古代ローマにはじまりルネッサンスを経てのアート大国という下地あってこそだとは思いますが、今のようなモダンデザインはそんなに古い、伝統といえるほどのものではないんだなと思った記憶があります。

供給が需要を上回ってもの余り・店余りの時代と言われる今。近代が好む同質性が崩壊しつつ有り場面ごとに細分化されて来ている今。技術により生産可能になったものをプロバイドするという発想からは脱却せねばと言われる今。

この「デザイン経営」という言葉は、それらの次、技術(テクノロジー)を礎として感性価値を創出するためにとっても必要な考え方ではないかと思うわけです。つまり「デザイン経営」というコンセプト。これを梃にして、多様な価値観に対応できるニュータイプ・ニュースタンダードにチャレンジする価値創出体としての企業が増えることを期待したいと思いませんか?

私は思います。

・・・とまだ途中なのですが、だいぶん長くなってしまいましたので続きは後日。観点としては
◯デザイン及びデザイン経営の導入はなぜ進まないのか
◯デザインがすべてじゃない、デザインは欠落piece
◯デザイナーにとっての「デザイン経営」宣言
◯知的財産とデザイン
◯バズワードとして終わらないために 等