「デザイン経営」宣言 No2ブランドとイノベーション編
5月末に発表された、「デザイン経営」宣言について、つらつらと、すなおにすなおに、考えたことを書いてみるシリーズの第2弾。今日はNo1でさくっとすっ飛ばしてしまったブランドとイノベーション編。ブランド&イノベーションとデザインの関係を、しつこく掘り下げてみます。「長い&しつこい!」というお声も頂戴したんですが、そのくらいこの宣言の中身が濃いということと、その背景や現状をしっかり考える機会にしたいと思ってますので、どうぞお許しください。
●No1 デザインとは編はこちら。
宣言内の「2.発明とイノベーションをつなぐデザイン」という章があります。この図はとてもわかりやすい!
Inventionつまり発明とInnovationの間には死の谷と表現されている深い深い谷があるのだと。Invention=発明としてはすばらしくても世の中に普及・定着させられなかったものが多々ある、死屍累々ということなのでしょう。ビジネスニュースの記事でよく見聞きする話ですね。発明!レベルまで行かなくとも、この手の話は周囲にありふれているので、とてもイメージしやすいすし目新しくもないとも言えます。この図は米国商務省の資料をもとに特許庁が作成した図だということで、アメリカでもこのような状況が多いのだろうと推察しました。(ただ元が2002年ということなので、AmazonやFacebook等の巨大なプラットフォーマーがある今だとどんなふうにinventionとinnovationの関係を見ているのか、また別の興味も湧いてきます。)
そして、Invention発明の段階からInnovation社会実装に至るプロセスを通じてデザインを介在させることで、死屍累々の仲間入りを避けられる、ことが表されています。社会実装という言葉は、私なりに柔らかくいうと、その「発明が社会に居場所を見つけ、獲得できること」。宣言内では下記のように「発明の実用化」という言葉が使われています。「発明の実用化」、わかりやすい!(このフレーズ、今後使わせていただきます?)。
つまり、どんなにラボ内でオフィス内ですばらしい研究開発が行われても、社会の中にどこに置くか、どう置くか、置かれた商品サービスは誰に・どう受け入れられるのか、誰の何を変えるのかにつながらなければ、社会に着地できない、のです。そのために「デザインがとても重要」だと言うわけです。
こんなふうに説明されています。
イノベーションの本来の意味は、発明そのものではなく、発明を実用化し、その結果として社会を変えることとされている。革新的な技術を開発するだけでイノベーションが起きるのではなく、社会のニーズを利用者視点で見極め、新しい価値に結びつけること、すなわちデザインが介在してはじめてイノベーションが実現する。
注目したいのは下線部分。「社会のニーズを利用者視点で見極め、新しい価値に結びつけること」、これがイノベーションにおけるデザインの役割だと明記されています。
これを読むと、「社会のニーズを利用者視点で見極め」ること、そしてそれを「新しい価値に結びつけること」が「デザイナーの役割?」と思う人がいるはずです。いや、必ず、それも相当量。
ポイントは、「社会のニーズを利用者視点で見極め新しい価値に結びつける」という行為自体をデザインとしていること。つまり、「デザイン経営」はデザイナーだけが行う・活躍するのではなく、ある意味でプロセスに関わる全ての人にこのような「デザイン的資質・素養(?)」があれば死の谷を超えやすいという言い方もできると理解しました。それは成果へのアプローチとして非常に正しいと感じています。そしてこの宣言においてかなり重要度が高い箇所ではないでしょうか。なぜなら全ての行為は人が行っているからです。
そして宣言の「3.産業とデザインの遷移」へと続くわけですが、ここで「ブランドとデザイン」という章が無いことに気づきます。名称は「ブランドを構築するデザイン」「価値をブランドにつなぐデザイン」かもしれません。「デザイン経営」の効果=ブランド力向上とイノベーション力向上と定義されている割には、ブランドとデザインについての記載が無いのはおかしな感じもします。
これは全くの推測ですが、そのアプローチは多々、例を挙げるに困らないほど実行されていて、経営において特にイノベーションのためのデザインが置き去りにされているということなのかもしれません。真実はさて? ブランドに資するデザイン経営も、イノベーションに資するデザイン経営も、完全に分離されるものではなく、一体となり混じり合いながら成されるもの。なぜなら、いずれも社会のニーズや利用者視点が肝、根っこに存在する行為だからというのはこの宣言において核となる根源的なことだと思われ、だから宣言内のブランドとイノベーションのベン図は重なり部分があるとも理解しました。
※ここでちょっと蛇足ですが、「鹿児島の食とデザイン」事業においては、ここ数年の裏テーマは「経営に資するデザイン」。考えがあってとても限定的なプログラムに見えますが、気持ちだけはかなり近いのではないかと勝手に思っています。というのも…と続けたいところではありますが、長くなるのでこのくらいで。
さて、「3.産業とデザインの遷移」。この章で整理されている図はとても刺激的でした。こういう変遷をわかりやすく示しているのもこの宣言のすばらしい所。もはや天才級。こんなふうに世の中の雑多な事象を俯瞰しながら情報を取捨選択・整理して、今というタイミングの意味と立ち位置を明確にするために、専門家のみなさんが検討されたんだなと想像します。
最左列のデザイン、ベースとなる「クラシカルデザイン」に対し、インターネットの時代に「ビジネスデザイン・デザインエンジニアリング」が登場します。決して「クラシカルデザイン→ビジネスデザイン→デザインエンジニアリング」と置き換わったわけではなく、重層的な関係性です。産業自体が電気電子の時代から最新のIoTの時代まで変遷するにつれ、新しいコンセプトのデザインもしくはその使い方の重要性が増加したと読み解けます。至極納得ですよね。
でも、ビジネスデザインとは?デザインエンジニアリングとは?
私なりの解釈でいけば、漠然とした言い方ですが
ビジネスデザイン:価値創出を行う事業設計を、従来のMBA経営論的ロジックオンリーベースの方法ではなく、ロジックとアートやアイデアを同時に叶えていくアプローチ。
デザインエンジニアリング:機能を設計するエンジニアリングと視覚や触覚・体感などスタイリングのデザインを両立させていくアプローチ。
例えば、ビジネスデザインの人として頭に浮かぶのはビジネスデザイナー濱口秀司さん。最近ではコクヨのリズムを作るイス「ing」というオフィスチェアの開発にかかわられています。コンセプトは「人の体は、動くために設計されている。」、ステキだ! 個人的に今年最も欲しいアイテムです。瞬間の情報が固定化される写真の中に未体験の動きを感じるこのビジュアル。どうぞリンク先のHPもご覧になってみてください。(商品紹介ページなのに読んでてわくわくしますよ。)
※コクヨ様HPよりお借りしました。
さて、このビジネスデザインとデザインエンジニアリング。
どちらもポイントはロジックorアートとか、アイデアorファクトとかではなくって、アート&ロジックであり、ファクト&アイデアなんだということではないでしょうか。それを両立、というかハイブリッド的に相乗効果も含めて具現化できるよう、両域を柔軟に行き来できる組織だったり人だったりが求められているということになります。
こんな人は、もはや、「新規事業開発担当執行役員しかも歴戦の敏腕」にしか見えないくらいスゴスギル。
それって大変! 私・私達、どこまでがんばらないといけないわけ!
という感じもします。が、考えてみれば、20世紀型の大量生産だけの時代ではないということは、定型化された価値を定形的な方法で供給する従来型フォーマットだけではない、新しい方法が必要とされていることを意味します。企業が提供する価値は今まで以上に流動的で変化を求められます。お客様が商品サービスを体験する前はもとより、その後でさえも価値は変わり続けます。なぜならお客様が求めているのは「顧客体験」。「顧客体験」とは常に非定型的、非定量的、非リニア的な要素を含むからです。
インターネットに接続された製品やサービスにおいては、顧客体験の質がビジネスの成功に大きな影響を及ぼすようになった。このため顧客体験の質を大幅に高める手法であるデザインに注力する企業が、急速に存在感を高めていった。
となれば、新しい価値の創出が重要なのと同時に、最後のお客様との接点=コミュニケーションも重要となってきます。なぜなら継続的な接点のなかで、お客様の顧客体験をとらえ、つかみ、ビジネスにフィードバックし続ける動きがポイントになるからです。そこには単発の接点では追いきれない情報が含まれます。それを助けてくれるのも新しいテクノロジーです。
インターネットだから重要、なのではなく、インターネットに接続された商品サービスにおいて、それが顧客体験の質に最も密接に関わっており、かつ開拓余地が大きく、個別の顧客体験の理解に大いに役立つから重要なのです。
30年前・20年前・10年前と決定的に違うのは、この「顧客体験の価値化」。その重要性が圧倒的に増していることなんです。そしていま現在、インターネットに何の接続もされていない商品サービスってどのくらいありますか?
需要>供給時代は機能的価値が重視されていました。テレビが録画できる、とか、◯時間録画できる、とか。その価値に対する評価にはそんなに大きな差はないんですね。私50時間で良いとか、1万時間とか、目盛りは違いますが評価軸が時間であることには変わりなく、いずれも定量的でOK/NOの判断は比較的類型化しやすいものだったのです。
でも今は顧客体験が重視されている。顧客体験時代の商品サービスというのは、その価値の享受の仕方は人により千差万別。その商品サービスが「録画できるか」ではなく「すぐに見たい番組にアクセスできる」だったり、「忙しいから5倍速で」だったり、何なら「オレの好きなの選んで見せて」等期待するものも様々で、それをどう受け取め消費(=体験)するかも様々。その商品サービスの評価も顧客体験により大いに変わります。
従来より「顧客がどう価値をとらえているかの《認識》」の重要性がぐぐぐーんと上がっていると、感じませんか?
宣言に記載されている内容に加えて、もう1つ加えるとすれば「認識」だと考えます。機能or情緒ではなく、「機能&情緒的価値」が顧客によってどのように「体験」され「認識」されるかが、顧客体験の本質ではないかと思うわけです。「認識」にアクセスするのに最も適切なアプローチは、そう、デザインです。人によっては「狭義のデザイン」と言ったり「UX」と言ったりもしますが、とにかくデザインです。デザインは認識ととても仲良しですから。
そして最後のフレーズ。
デザインは、
①顧客と長期に渡って良好な関係を維持するためのブランド力の創出手法
②顧客視点を取り込んだイノベーションの創出手法
として活用されるようになった。
デザインはまさに産業競争力に直結するものとなった。
平たく言えば①はコミュニケーションのあり方、②新しい価値というコンセプトと言い換えられそうな感じもしてきますが、この言葉をそのまま借りれば、「デザインはまさに産業競争力に直結するものとなった」のがまさに今、なのです。
では具体的にどう考えてればいいの?どうしていけばいいの?
を考えていくべきなんですが、またもやだいぶん長くなってしまいましたので続きは後日。No1で挙げた下記の観点にはたどり着けてないですが、ブランドとイノベーションについては、深めておかないといけないなということでNo2はこれにておしまい。
次からこんなテーマにて・・・。
◯デザイン及びデザイン経営の導入はなぜ進まないのか
◯デザインがすべてじゃない、デザインは欠落piece
◯デザイナーにとっての「デザイン経営」宣言
◯知的財産とデザイン
◯バズワードとして終わらないために 等